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ドキュメント水俣病事件(チッソから見る明治以降の日本の近代史

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老舗企業と石門心学



「エノキアン協会」という名前を聞いたことがありますか。

パリに本部がある経済団体の名前ですが、参加を許されるのは200年以上の歴史がある企業で、創業者の子孫が現在も経営を続けている優良企業だけという、謂わば世界中の老舗企業が集まる団体です。

設立目的はといえば、会員の友好促進ということで、特別な活動をしているわけではありません。しかし200年以上の歴史がある企業しか参加できないというのですから、どんな企業が参加をゆるされているのか覗いてみたい気がします。

ワイン、ガラス製品、宝石などヨーロッパの伝統企業が名を連ねており、イタリア16社、フランス12社、日本からは4社が参加して、ドイツ4社、スイス2社、オランダ1社、北アイルランド1社、ベルギー1社、合計で8カ国、41社が参加している。

そのうち、一番古い企業はどこの国の企業だろうかと見てみると、それは日本で、有限会社善吾楼が経営する、石川県小松市にある「法師旅館」ということだ。718年(養老2年)の創業で、ギネス・ワールド・レコーズには「世界で最も歴史のある旅館」として登録されているという。日本企業はほかに、月桂冠(1637年創業)、岡谷鋼機(1669年創業)、赤福(1707年創業)が参加している。

そういう話になれば、「金剛組」という世界でもっとも歴史の古い企業があるのは日本だといことは忘れてはいけません。聖徳太子に百済から招かれた宮大工である「金剛重光」が578年に創業したというのだから、大化の改新よりも古い。つまり日本という国ができた時よりも古いといってよいだろう。代々、四天王寺のお抱え宮大工だったということだ。

ところが、その金剛組が2006年になり、神社仏閣もコンクリー建築が多くなり他の建築会社との競争が激化したため、結果、経営不振に陥り、高松建設(現在、高松コンストラクショングループ、東証1部)が全額出資して設立した新・金剛組に事業譲渡して、1400年に及ぶ金剛一族による経営の歴史は幕を閉じた。

そして旧・金剛組は資産が不動産だけになり、商号をケージー建設に変更した。ケージー建設は半年後に解散し大阪地裁に自己破産を申請、負債総額40億円として開始決定は下りたが、手続費用がないため2ヵ月後に破産廃止になってしまっている。

新金剛組は100人以上の宮大工を擁し、現在も健在だというから、金剛組の企業再編事例は、新設会社を会社分割で設立するとか、新会社を設立して旧会社から事業譲渡とするか吸収分割によって事業実態を移転し、旧会社について清算を結びつける、典型的な清算型企業再建方法が採用されたわけだ。

その日本の老舗企業について帝国データバンクがかなり詳細な資料をネット上に公表している。創業以来100年以上経過している企業の数は、宗教法人、学校法人、医療法人など非営利法人を除いて、2008年現在で2万社あり、そのうち200年以上経過している企業は938社、300年以上が435社にのぼるというのだ。エノキアン協会などは足元にも及ばない。日本は長寿企業の数では世界一だ。業種別に数が多い順で見ていくと、清酒製造、酒小売、呉服・服地小売、旅館、婦人・子供服小売と続いている。これらの業種からして大企業はほとんどない。企業規模としては、中小企業が圧倒的に多い。

日本には数としては、どの程度古い企業が存在しているのだろうと興味を持ち、少し調べてみて、正直驚いた。

アジア・太平洋地域を中心に、自分の足で歩いて本を書くことで知られている野村進というノンフィクションライターが、日本の老舗企業19社を自分で調査したうえで書いている。「千年、働いてきました−老舗企業大国ニッポン」(角川oneテーマ21)というタイトルだ。これによると中国、韓国をふくめアジアには、老舗と呼ばれる企業はほとんど存在していない。日本だけの現象である。

日本という国には、これほど永い歴史をもつ同族企業、中小企業がこれほど多いのはなぜであろうか。島国だからという理由は最初に指摘されるのだろうが、島国は日本だけではない。イギリスも島国であるし長い歴史のある国であるが、老舗企業の数が日本ほどおおいわけではない。地域別にみると、老舗企業の所在地は京都が多く東京は少ないことから、日本の歴史そのものが古いことが原因の一つとしてあげられるであろうが、歴史が日本より古い国は外にないとはいえないから、それがすべてを説明できるわけでもない。日本の老舗企業の多さは世界に冠絶する事実であるから、かなり明瞭な理由があるに違いない。

上記の「千年、働いてきました」は五つの理由を挙げている。同族経営が主流であるが、婿養子に経営を任せることに見られるように血族に固執するわけではないこと、第二に、携帯電話機の金箔技術、人工水晶技術に見られるように時代の変化に柔軟に対応してきたこと、第三に、筆ペン開発やバイオテクノロジー開発に見られるように、老舗企業が新技術商品を世に送り出した一方、創業以来の家業を頑固に守り抜いていること、第四に、ランプや鏡台の村上開明堂がバックミラー日本一のメーカーになっているのに見られるように、投機や相場には手を出さず、手堅く本業の延長上を外れていないこと、第五に、公正と信頼を取引の基盤に据えた「町人の正義」を守り抜いてきたことを例を挙げて説明している。

人によって理由付けは違うだろうが、私としては注目したいのは精神のありようである。日本人の、ものの考え方の特徴である。といっても論理の広がりは広大無辺になりかねない。ここで注目したいのは石門心学の考え方である。

<商家は、家業を続けることで、天下の泰平を助け、万人の福祉に奉仕するものであり、それが商売の本質である。>これは、江戸商業近代化の基礎となった石門心学の考えである。

石田梅岩(1685年――1744年)は丹波の国(京都府亀岡市)で百姓の次男として生まれ、11歳で呉服屋に丁稚奉公に出て以降、商家に奉公しながら独学で儒教を学び、45歳のときに借家の自宅で町人を集めて無料の講話を始めた。その教えの特質は、農民は作物を作って禄を得る、武士は主君に仕えて禄を得る、これと同じように商人は売買を行なって禄を得る、これは天下の道理だ、と説いた点にあり、士農工商の身分秩序の中で蔑まれていた商人の利潤追求を、正当な行為であると正面から肯定し、商人の精神的支柱となる考え方広め点にあると考えられる。

自由に自己の利益を追求することが社会の幸福を実現することになると「見えざる手」を説いたアダム・スミスよりも古い時代にこのような教えが日本で説かれていた事実は、もっと注目されてよいだろう。

なぜ日本には同族老舗企業がこのように数多く、世界一なのか、その理由は、石田梅岩の教えのように、節約と勤勉を旨とし、倦まずたゆまず、自分の職分に専心することを高く評価する価値観が、日本人の心の底流に流れているからに違いない。このような精神構造は、いまも日本の同族企業、中小企業に遍く見受けられるものだ。

この精神が日本の原動力なのだと思う。営々と築かれてきた日本の財産なのだ。ここに活力を与えることで、例えば、未来のロボットや電子、バイオの技術の発展にも?がって行くのだろう。日本の活力の源泉は企業にあり、大企業よりも中小企業にある。

大企業の歴史はせいぜいのところ幕末以降に過ぎず、日清日露の戦い、第一次世界大戦と大恐慌、そして大東亜戦争の風圧を潜り抜けるにはかえって規模の大きさが邪魔をした。戦後叢生した企業群から一頭地抜きん出た大企業が、中小企業などとは比較にならない生産性と圧倒的な支配力を振るっているのは事実であるが、この先100年続くか200年続くか、歴史の試練は予断を許さない。

企業再建の現場に生き甲斐を直に感じる。 企業と、生きるか死ぬかという緊張した現場になんども居合わせた。 企業経営者とは、企業経営の苦悩と快感を共有できたという実感がある。

企業の魅力は、その激烈な競争を生き抜こうとするエネルギーにある。

激烈な競争に勝ち抜く、その経営者の闘魂は、自らの製造するのもへの誇り、そして苦楽を共にし、働いてきてくれた従業員を守ろうとする精神からわき出てくる。

激烈な競争の混沌から新しい日本が生まれ出で、結果として、200年、300年の歴史ある老舗企業が生き残っていくのだ。世界における日本の存在感に錘を付け、世界に対する日本の貢献する力を子孫に引き継ぐためにも、私は、日本の企業に力をつける仕事をしていきたいと考えている。

ドキュメント水俣病事件(チッソから見る明治以降の日本の近代化史)
チッソから見る明治以降の日本の近代史。ここに朝鮮に人生を賭けたチッソ創立者野口の夢の跡をみることができる。野口の作った北朝鮮の水豊ダムは今も生きている。




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