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虎ノ門国際法律事務所 TEL:03-3591-7377 law.tax@toranomon.com |
「ここから見える水俣工場の高くそびえるメタルの塔が、西日を照り返して白銀色に輝いている。 近代というものを、構造物で表現せよと求められれば、このような形になるのではなかろうか。 明治から昭和にかけて日本人はこのような造形に憧れてきたのだ。 それは欧米の工場水準に追いついてみせる決意を象徴する旗幟であり、何もかも失った第二次世界大戦後の、餓死もまれではなく、食糧不足で栄養失調や肺病が多発した時代を経験した者に取っては、見上げる空に吹き上げる煙突の煙は、大気汚染の元凶などではなく、餓死から救い出してくれる希望ののろしであり、輝かしい未来を約束するしるしであった。」 これは、私が書いた「ドキュメント水俣病事件 沈黙と爆発」(集英社)の一節である。この本を書くなかで、なぜ水俣病が発生してしまったのか、突き詰めて考える機会をえた。 熊本南端の村(人口約1万人、明治41年当時)は近代の粋を集めた化学工場の請来を心から喜び迎えた。下男や女中になるしか職がなく土地に縛り付けられていた人々が自己の努力次第で技術を手につけ、給料が取れるという。新しい人生と生活の糧と、希望と夢とを工場は運んできてくれた。 日本本土と朝鮮半島に一大コンツェルンを築いたチッソが、肥料と爆薬と米まで合成した興南工場、満州との境界、鴨緑江に建設した水豊ダム、朝鮮半島全体に張り巡らされ高圧電線、それらすべての富と栄光とを敗戦と共に一挙に失い、たった一つ残った瓦礫の水俣工場に技術者たち大挙して引き揚げてきた。 同じような状況が日本全土至るところに見られた。外地からの引き揚げ者、壊滅的に失ってしまった内地の生産供給能力とインフラ。食料不足により餓死する者まででた。 限られた農地で最大の収穫を得るために化学肥料の大増産はすべての日本人がもとめるものであった。この時、チッソはすばらしい貢献をしたのである。しかし、ここから猫が狂い、水俣病が多く発生するのである。 水俣で奇病として差別された患者たちは、漁民に、工場の労働組合に、また政治グループに助けを求め戦ったが、大多数の市民から、政府からも無視されつづけた。ときの通産大臣池田勇人にとって、戦後経済の早期復興のためには水俣病の原因を認めてはならなかった。 自分の父親は何が原因で病気になったのか、独房のような隔離室に収容されて死んでいった原因は何なのか。それだけは知りたい、と川本輝夫が一人だけで歩き始めたのは、そのような時代の風潮のなかだった。「そんなに金が欲しいのか」とそしられながら、彼は人間としての自負を取りも出すため、チッソとかけ合おうと決意する。 水俣病には関心を持ちながら弁護団には入らなかった私に川本輝夫が助けを求めてきた。川本と私は、一株運動を提案してチッソの株主総会に押しかけた。その後、厄介者扱いをされながら、川本らによる東京チッソ本社前での座り込みによる訴えが2年間も続いた。この東京での展開により、水俣病事件は大きく社会から注目され、公害反対運動の先駆として、多くの社会の人々から支持を受けられるようになったのです。 日本はこの公害問題についてはよく対処したと思います。 このときの患者たちは、日本の社会に大きな貢献をしました。その後日本からこのような形の公害問題は起きなくなっているからです。 政府、経済界を含め、社会全体で公害をこれ以上起こしてはいけないというコンセンサスを形成することが出来たのです。 社会の営みの不思議を感じます。 現実をきちんと踏まえていたとしても、ある政策が続けばすべての人々の夢が叶い、勝ち組ばかりの理想社会がうまれるわけではありません。 時代の流れと共に力強い人々の夢を叶えるはずの政策も社会制度も金属疲労を起こすのです。 高度成長期には日本人は夢と希望にあふれていました。そして経済力世界一と言ってもいいようなすばらしい成功をおさめました。日本国中に便利なインフラが整備されていきました。しかし、現在このシステムは停滞しはじめました。私たちを取り囲む外部世界も変化しています。世界から妬たまれ、日本人としての誇りを傷つけられるような攻撃を受けています。 現在この社会に未来の見えない閉塞感が漂っています。日本人としての自信を失いつつあります。 確かに日本の冨を日本の中に入って食い散らかそうと狙っている国もあります。 私たちは、未来に向かって新しい日本のコンセンサスを求め、熟成させる必要に迫られています。私は、その新しいコンセンサスの一つに「やる気のある企業を倒産から守り育てること」を掲げたい。 企業とは、日本人社会が守らなければいけない宝物です。 日本の宝は安定した物作りの伝統と整ったインフラです。 私たちの安定した生産供給能力は世界一といっていいでしょう。 日本の物作りの現場である企業、大事なインフラのメンテナンスとその強化を受け持つ中堅建設会社などなど、これら企業を簡単に潰したり、外国に売り払っていいのか。日本に存在する多数の企業を守ることが、若者の雇用を増やし、伝統や技術を伝える教育の場を提供し、若者が将来に夢と希望を見ることの出来る社会を作ることにつながります。 外国から研修生を求めるよりは、中学卒業まえか高校卒業生まえに一年間に実地社会教育研修期間として全寮制で働き教育を受ける義務を課すことを考えてもいいのではないか。中には自衛隊に体験入隊を希望する者もいるかもしれません。若者が日本人として育つために、義務として日本の企業をはぐくむための研修を行う。そのための設備や教育者の育成は社会に経済的な波及効果も生み出します。 企業をこのデフレから守ることが、今後の日本企業並びに社会の発展には欠くべからざる大命題である。 石門心学のところで述べたように、日本には創業以来100年以上経過している企業の数は、2008年現在で2万社あり、そのうち200年以上経過している企業は938社、300年以上が435社にのぼるというのだ。 日本とは、企業(共同体)の競争の中から活力が、工夫が、技術があふれ出してくる社会なのである。 |
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